-寝場所-
あれから。
ほとんど家に帰らなくなった。
門限になったら一度家に帰るくらいで、家で寝ることすらもなくなった。
皆が寝静まった頃に家を出て、日が昇ってまた沈むまで繁華街をフラフラしたり、コンビニのバイトをしたり、泰子さんと会ったり。
そう言った用事がない日は、決まってかざみさんが入院している病院へ足を運んだ。
「・・・あら?平八郎くん、また来たのですね」
「ええ。具合はどうですか?」
「今日はすごく調子がいいんです」
「よかった。はい、おみやげのマフィンです」
「わあ・・・!おいしそう・・・!いいんですか?こんなに」
「ええ。遠慮せずに食べてくださいね」
本来なら学校に行っている時間のはずだ。
でも、かざみさんはそのことについては触れてこなかった。
何か事情があるのだと汲み取って、あえて聞いてこないのだろうか。
「最近、よくお見舞いに来ますよね。もしかしたら千沙華より来てるかも」
「千沙ちゃん?」
「・・・平八郎くんは、最近、千沙華と会ってますか?」
「・・・いえ、全然」
「そう、ですよね・・・学校違いますもんね」
違う。
学校とか関係なく、一連の事件の前はしょっちゅう会っていた。
というより、千沙ちゃんが年中家に入り浸っていたという方が正しいかもしれないけれど。
でも今は、ほとんど家に帰らないし、帰っても居間や姉さんの部屋には寄り付かないので、自然と千沙ちゃんに会うことがなくなっていた。
「早百合さんはお元気ですか?」
「・・・多分、元気ですよ」
「多分って・・・」
「・・・ふぁ、すみません・・・ちょっとここで寝ていいですか。この頃よく眠れなくて」
「いいですけど・・・最近疲れてるみたいですね」
「そんなことないです・・・ただ家にいると落ちつかないだけで。ここの方が居心地良くて・・・」
「そう、ですか?」
「・・・すぅ・・・」
「あーあ・・・もう寝ちゃった。何があったのかしらね・・・最近全然学校に行ってないみたいだし・・・私に何かできること、ないのかな・・・」
-無言-
門限までに帰らなければまた警察呼ばれるくらいの騒ぎになる。
だから、毎日形だけ家には帰っていた。
その瞬間が、とても居心地が悪かった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
帰ってくるタイミングが、運悪く禰々と被った。
お互い、おかえりなさい、の一言もない。
まるで空気のように、互いが存在していないかのように振舞う。
家で夕飯を食べることはなかった。
僕の分の夕飯が用意されているかどうかも、全然知らない。
居間に行けば家族がいるから。
おばあさまが夕食を知らせに来ても、全て無視していた。
ああ。
早く皆寝静まらないだろうか。
家にいるのはあまりにも息苦しい。
古いばかりの、だだっ広い家。
家同士の繋がりを重視しすぎて、つい最近まで結婚の自由も許されなかったような家。
家名を重視しすぎた挙句に自殺者が出て、それをなかったことにしようとしたような家。
叔父上が飛び出した理由も分かる。
でも、その厳格さも今となっては殆ど意味をなさない。
姫宮なんて所詮名前だけの家だし。
市正とか箱坂のような気違い集団でもないだろうに。
子孫を残していきたいのなら、きょうだいの誰かが結婚して子供作ればいいだけじゃないか。
どうして周囲の勝手で婚約者まで決められなくちゃならないんだ。
・・・そんな事言っても、わがままとしか取られないだろうけど。
せめてこんな中途半端に名のある家に生まれなければ。
もっと普通の家庭に生まれていれば。
こんなことに苦しむこともなかったんじゃなかろうか。
家が無駄に大きい所為で勝手に金持ちだと勘違いされて、金目当てでろくでもない奴に近づかれることもなかっただろうに。
ああ。気分が悪い。
早く。早く時間が過ぎればいいのに。
せめてバイトしてれば少しは気分が紛れるのに。
-偽り-
「姫宮平八郎くん、18歳、楠木中学校卒、東海林高校卒、ねえ・・・」
嘘だ。全部嘘だ。
ただフリーターを名乗っている以上、杜若普通科卒なんて書くのも微妙だったし。
東海林卒業ということにしたのも、それが一番無難だったから。
ただ、僕にはそれ以上気になることがあった。
「・・・で、履歴書と一緒に見てるそれはなんですか・・・」
「今日仕入れた本。ねえこれどう思うー?」
「エロ本にしか見えませんが」
「だからエロ本なんだって。これ正直微妙だよねー」
「・・・で、面接の方は」
「あれー?シカト?つれないなあ」
「採用ですか、不採用ですか」
「んー、最近だいぶ辞めたからねー。採用採用。何なら今から入る?」
「・・・・・・あ、はい・・・」
コンビニの面接を受けた時。
正直、失敗した、と思った。
店長がここまでいい加減だとは思わなかったから。
年は・・・20そこそこだろうか。とりあえず若かった。
とはいえ僕と比べれば10歳くらいの開きがあるだろうけど。
そんな不安だらけで始めたバイトだけど。
思った以上に自分の肌に合っているらしく、特に苦痛とも思わず続けている。
ただ店長は自分の仕事押し付けるしタバコ吸うしで、どうにも苦手だったけども。
「いやー平次郎くん働き者だねー。じゃあこれの発注も頼むよー」
「それは店長がやるべきことでしょう。あと僕の名前は平八郎です」
「だってめんどくさいしー」
「少しは仕事してください」
・・・でも。家に比べればここは居心地がいい。
あくまでひとときの羽休めの場所であって、本当の「自分の居場所」ではないのだろうけど。
・・・そういえば、ずっと探してた「自分の居場所」ってどこなんだろう。
家族の誰とも関係ないつながり。
かざみさんはだめだ、元々は姉さんの友達だし。
千沙ちゃんも・・・何より、最近会ってないし。
烈火兄さんも鉄兄さんも鋼太兄さんも胡桃さんも。
気付けば周囲は皆、姉さんに関係のある人たちばかりだ。
小学校の時につるんでた女友達・・・は、最近疎遠だし。
だからって、泰子さんが僕の居場所なのか?
違う、どうしてもあの人には馴染めない。
あの人にとって僕なんてただの遊び相手だろうし。
でも・・・無理矢理でも居場所にするしかないんだろうな。
そういえば、次に約束してる日はいつだっけ。
・・・ふと、カレンダーを見ると、既に7月の後半に入っていた。
ああ、もう夏休みなんだな・・・
僕には関係ないけどね。
-諦め-
「・・・あ、平ちゃん、何か久しぶりだね」
「・・・烈火兄さん・・・?」
家に帰る途中、烈火兄さんに会った。
「・・・夏休みなのに制服着てるんだね。しかも冬服」
「ん、ちょっと臨時で集まりがあったから。冬服なのは冷房効きすぎて寒いから」
「・・・ふーん」
「あの学校、私立だからってエアコン無駄に使いすぎだよねー。逆に辛いよ」
「そう・・・だね」
「・・・平ちゃん、最近あまり家に帰ってないよね」
「・・・帰ってないことはないけど・・・」
・・・兄さんも相変わらず家に遊びに来てるんだな・・・。
そうだよね、姉さんとすごく仲がいいもんね。
ああ。誰と話してても、どこまでも姉さんの影がちらつく。
気付いたらいつも姉さんと一緒にいたんだと、嫌でも思い知らされる。
姉さんと関係ない友達は、皆離れてしまった。
小学生の頃からよく遊んでた女友達は、妙な噂を気にして僕から離れたり、クラス替えで離れて気付いたら疎遠になってたり。
気付いたら上辺だけの付き合いしかなかった。
唯一の親友だと思ってたあいつも、もう・・・
「・・・平ちゃんに話したいことがあるんだ」
「何?」
「ロッカー・・・荒らされたでしょ」
「ああ、自分のロッカー荒らして友達に因縁付けて殴ったっていうの、兄さんも聞いたの?」
「平ちゃんがそんなことするわけないってことくらい分かってるよ」
「本当にしたかもしれないじゃん」
「なんで否定しなかったの。本当のことを言えば周囲に誤解されて孤立することもなかったはずなのに」
「言い合いになると面倒でしょ。先生からしたらどっちが本当かなんて分からないだろうし」
「そういう問題じゃない。平ちゃんは自分から孤立したようなものなんだよ?」
「・・・だから何。もう嫌だったんだよ、うんざりだったんだよ、あいつと無駄な問答するのだって。面倒なことになるくらいなら現状の方がまだましだ」
「・・・俺、そんな平ちゃん嫌いだな・・・」
「別に・・・嫌われても何とも思わないけど」
「さっちゃんにもそれ言ったよね」
「だから何」
「嘘つき。今の平ちゃん、すっごく辛そうな顔してる」
「気のせいでしょ。話はそれだけ?それじゃ」
「・・・俺、明るい平ちゃんが好きだよ。元に戻ってよ、誤解が解けるまで戦ってよ、そのためだったら俺は協力を惜しまない。だから戻ってきてよ。平ちゃんのこと大切に思ってる人はいっぱいいるんだよ!」
・・・ごめん兄さん。
僕はもう、そんな大切に思われる権利のある人間じゃないんだよ。
それに、学校の方の誤解が解けても家のわだかまりが解けるわけじゃないし。
僕はこんなに汚れてしまった。
まっすぐな兄さんを見ることすら、辛いんだよ・・・
-不変-
泰子さんと会って、別れた後。
「やっほー平八!」
「!?・・・あ、千沙ちゃん・・・?」
妙な場所で、千沙ちゃんに会った。
制服を着てるところを見ると、部活帰りか何かなのだろう。
「・・・な、なんで千沙ちゃんここにいるの・・・ここホテル街だよ・・・?」
「かざみのいる病院に行く近道なのっ!」
「中学生がふらふらしていい場所じゃないよ・・・ほら早く行きなよ」
「平八だって中学生じゃん」
「そうだけどさ、千沙ちゃんは女の子だし」
「普段女の子扱いなんてしてくれないくせに・・・」
「それじゃ、僕は行くから」
その場を去ろうとしたら、千沙ちゃんに引き止められた。
「待ったー!」
「・・・何、何か用なの!?」
「平八さー、最近遊びが激しいみたいじゃん?」
・・・もっとこう、何か言いようがあるだろうに・・・
確かに夜遊びはしてるし、本当のことだけど。
「千沙ちゃんには関係ないでしょ」
「さっき大学生っぽいお姉さんと一緒にラブホから出てくるとこ見たよ^^」
「・・・ちょっ・・・」
一番見られたくない相手に見られてしまった気がする・・・
「ほんとにもー、すっかりおませさんになっちゃってねー。ぼうやにラブホはまだ早い!」
「うるさいな!あと恥じらいなくラブホとか連呼しない!」
「いいじゃん別にー」
ああ。なんだこの軽いノリ。
他の人は軽蔑したり哀れんだり、そんなのばっかなのに。
これではまるで以前と変わらない。
「・・・千沙ちゃんさ、知らないの?僕が学校で問題起こしたこと」
「あー、平八のロッカー荒らして因縁つけてきたアホがいるって話ね。れっちゃんから聞いたよ」
「烈火兄さんから?」
「うん。れっちゃんね、平八のことすっごい心配してたよー?」
「余計なお節介なんだけどな・・・」
「千沙は全然心配してないけどね?」
「だろうね・・・」
「れっちゃんがあんなに心配してくれてるんだから、千沙まで余計な気遣いしなくていいかなーって」
うん。
空気を読んでるつもりでまったく読めてない。
それが千沙ちゃんなのだろうけど。
「・・・最近、よくかざみのところにお見舞い行ってくれてるんだってね?」
「・・・まあ、ね」
お見舞いに行く・・・というより、休憩所とか寝床の代わりにしてるようなものだけど。
学校のある時間に行ってるから、病院で千沙ちゃんに会うことはなかったけれど。
「かざみね、昼に千沙が来れなくても平八が来てくれるから寂しくないって言ってたんだよ」
「そう・・・なんですか・・・?」
「・・・うん。あんなことがあった後だし、特にね」
「?」
「なんでもない。ね、平八。これからかざみのところ一緒に行こうよ!」
「どうして千沙ちゃんと一緒に行かなきゃいけないの・・・」
「いいから!ね!」
「ちょ、引っ張らないでよ!」
-虚無-
その後。
結局、千沙ちゃんと一緒にお見舞いに行くことになった。
「かざみ!やっほー!」
「千沙華・・・平八郎くんも。二人一緒なんて珍しいですね?」
「まあ、さっきそこで捕まりまして」
「ちょっとー!人聞き悪すぎー!」
「もう、二人ともケンカはだめですよ?」
そう言ってかざみさんが身体を起こした瞬間、
「・・・!!!?げほっ・・・ごほっ・・・!」
「かざみさん!?」
突然、苦しそうにうずくまった。
激しい咳。喉からヒューヒューと音がする。
発作だ・・・!
「千沙ちゃん!看護婦さん呼んで!」
「うん!」
「かざみさん!大丈夫ですか!?」
身体を支えてやると、かざみさんは安心したように僕を見た。
「・・・かなえ、さん・・・」
「・・・・・・?」
・・・誰だ・・・?かなえさん、って・・・
------
「・・・叶さんっていうのはね、かざみの友達だった人なんだよ」
看護婦さんの応急処置で落ち着いて、眠りについたかざみさんの傍らに座った千沙ちゃんが、おもむろにそう言った。
「ここに入院してた人なんだけど、最近死んじゃって」
「・・・・・・」
「かざみ、最近それですごく落ち込んでたの」
「そう・・・だったんだ」
「でも、今は平八がよくお見舞いに来てくれるから寂しくないって」
「・・・・・・そう」
なんだか複雑な気分だった。
そんな落ち込んだかざみさんを、今まで利用していたに等しいのだから。
かざみさんは学校や家の事情なんて知らないし、余計なお節介もかけてこないし、すごく居心地がよかった。
それだけの理由でここに通ってたようなものだから。
------
千沙ちゃんが帰った後、かざみさんが目を覚ました。
「・・・平八郎くん、まだここにいてくれてたんですね」
「帰っても独りですから」
「早百合さんや禰々さんは・・・?」
「中学生にもなると、女きょうだいとはあまり話さなくなるものなんです」
「そういうものですか・・・?」
そんなの嘘だけど。
かざみさんには余計なことを知られたくなかったから、そう言うしかなかった。
「・・・叶さんって、どういう人でした?」
「え?その名前、なんで・・・」
「発作を起こしたとき、僕とその人を間違えてたみたいだったから」
「・・・!ご、ごめんなさい!」
「いいんです。・・・千沙ちゃんから聞きましたけど、亡くなったそうですね」
「・・・はい。屋上で出会った、白南風に通っていたひとつ年上の男の人で・・・明るくて、ちょっとノリが軽くて、病人だって信じられないくらい元気な人で、手術さえ終われば学校に行けるって言われてたくらいなのに・・・」
「それが、何で」
「突然の発作だったんです。次の日手術だったのに・・・それを受ける前に・・・」
「・・・・・・」
「検査のために叶さんの病室の横を通ったら・・・丁度、家族の方が来ていて、すごく泣いてて・・・どうしたのかと尋ねたら、亡くなった、って・・・うっ・・・」
ぼろぼろと泣き出すかざみさんを、ただ何もせずに見てるしかなかった。
こういうとき、どうすればいいのだろう。
どういう言葉をかければいいのだろう。
「ごめんなさい、突然涙が・・・」
「いいんです」
「それで私寂しくて・・・辛くて、ひとりでいるのが怖くて・・・でも、今は平八郎くんがお見舞いに来てくれるから、寂しくないです」
「そう、ですか・・・?」
「はい」
「・・・良かった、邪魔とか思われなくて」
「思いませんよ!大歓迎です!」
「・・・ありがとう」
・・・必要とされている、わけではないんだろうな。
一緒にいてくれるなら僕じゃなくてもいい。
だってかざみさんには、千沙ちゃんだって、清七だって、姉さんだっているじゃないか。
僕なんかよりずっと親しい人たちが。
それに、もう僕はここに来てはいけないような気がする。
だってそれじゃ、僕は人の傷心を利用するような酷い奴じゃないか。
・・・それから、僕はかざみさんのいる病室に通わなくなった。
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また続き。続き・・・?ごめん場面がバラバラで。←
禰々とは一言も喋ってないんだからそりゃろくに絡ませることもできねえよ・・・((((
まああれです、平八がかざみに頭上がらない理由はこれです。
家でもろくに寝れないから病室で寝てました。
あっ別にベッドにもぐりこんでたわけじゃないよ!椅子に座ったまま壁によっかかるか机に突っ伏す感じで寝てただけだよ!
平八は実の姉に対してまで敬語使うのに烈火に対してタメ口やぞ・・・(×)
千沙みたいなもんかなあ。何故か敬語使うイメージがない。初期は使ってたっけ?まあいいや(よくない)
千沙の部活はパソコン部とかそこらへんじゃねーかな(((
お互い姫宮家によく遊びに来るから烈火と面識あってもおかしくないよね←
叶の存在どうしよう・・・天国キャラとして設定固めてもいいんだが、いらないかな(((
生きてたら白南風3年です。
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