-早百合-
最近、稽古に全然身が入らない。
どうしてあんなことを言ってしまったんだろう・・・
―――・・・あなたなんて、弟じゃないわ!
学校で暴行事件の濡れ衣を着せられ、家で勝手に婚約の話を進められ、精神的に参ってしまった結果の行動だっていうのは想像に難くないはずなのに。
つい感情的になって、そんなことを言ってしまった。
私が励ましてあげなくてどうするの。
でも、私が何かを言ったところであの子は聞くかしら?
もう、私の顔も見たくないって思っている筈。
―――別に姉さんに嫌われたって、なんとも思いませんから
・・・その一言が、深く胸に突き刺さった。
嫌われてもなんとも思わないようなちっぽけな存在に・・・何かできるわけがない・・・
「・・・早百合、元気ねぇだな」
「鉄くん・・・」
「平八のことか」
「・・・・・・ええ」
普段、全然喋らない人だけど。
こういうとき、鉄くんはひたすら優しい。
彼の優しさが、何度救いになったことか。
鉄くんは今までの経緯を知っている。
夜遊びしていることも・・・具体的に話してはいないけれど、知っているのかもしれない。
「本心ではあの子を救いたいけれど・・・ひどいことを言ってしまった私に、そんな権利はないの」
「・・・・・・」
「あの子にとって私など、どうでもいい存在のようだし。気にしてはいないのかもしれないけど・・・」
「・・・平八は、内心では元に戻りたいと思っている筈だない」
「そうかしら・・・」
「だから、権利とかどうのとか、関係ない」
「・・・・そう、ですわね・・・ありがとう、鉄くん」
・・・分かってはいるの。
私がどうにかしなきゃ、って。
でも、今あの子に話しかけるのは怖い。
一度閉ざしてしまった心に触れるのは・・・どうしようもなく、怖い。
救わなきゃ。
駄目なのよ、今のままじゃ・・・
-誕生日-
泰子さんは我侭で、気に入らないことがあればすぐに手が出て、怒りっぽくて。
僕の話なんてこれっぽちも聞いてくれなくて。
些細な言い合いの後、さっぱり連絡が取れなくなった。
・・・ああ。捨てられたんだな。
散々遊んでおいて飽きたらポイってことか。
・・・まあ、別にいいけどさ。
全然ショックなんかじゃない。
ただ、一時の居場所だっただけなんだ。
・・・じゃあ何?
僕が今までしてきたことってなんだったの?
どんな女が相手でもいいんだったら、素直に親の決めた婚約に従えばよかったじゃないか。
なんでわざわざ意地張って面倒事なんて起こしたんだ。
ばかばかしい。
これが自由だというのなら、いらなかった。
全ての事柄が心の上を滑っていく。
かざみさんのことだって・・・お互い、寂しさを埋めているに過ぎなかった。
バイト先も居心地はいいけれど、特別仲のいい人なんていないし。
家より安心できる場所、に過ぎない。
ああ。
何なんだよ。
どこに帰る場所なんてあるんだよ。
疲れた。
こんなに虚しい人生だったら、もう、いらない。
気付いたら、手首から血が流れていた。
右手には工業用のカッター。
・・・ああ、リストカットってやつだ。
こういうことしてる人・・・中学にもいたみたいだけど、自分でやるとは思わなかったな。
これだけ血が出てるんだ・・・死ぬ、かな。
だいぶ深く切ったし・・・どうせ部屋に誰も来ないし・・・
うん、まあいいや・・・
姫宮の家名を汚さないようにって、自殺した事実はもみ消されるだろうし。
死を惜しまれるほどの付き合いは、ほとんど捨てたつもりでいる。
・・・ふと、見覚えのない包みが目に入った。
オレンジ色のリボンで巻かれたその包みには、カードが挟まっていた。
(なに・・・これ・・・?)
手を伸ばしてカードを引き抜いた。
それには、綺麗な文字でこう書かれていた。
『9/12 14歳おめでとう ごめんね 早百合より』
・・・死にたく、ない。
どうしてこうなる前に気付かなかった。
どうして、姉さんが密かに置いたこの誕生日プレゼントに気付く前に、こんなことをしてしまったんだ。
ああ。もう手遅れだ。
僕の居場所はここにあったのに。
手に入れた瞬間、僕から離れていく。
ああ。
意識が遠のく。
ねえ、お願い。気付いてよ。
せめて意識が途切れる前に、来てよ・・・
姉さん・・・!
-ごめんね-
「平八!!!」
「・・・・・・?」
気付いたら、病院のベッドの上で。
姉さんが、泣きながら僕を見下ろしていた。
「よかった・・・!あなたが死んでしまったらどうしようって・・・!うっ・・・」
「・・・ねえ、さん・・・?僕・・・生きて・・・」
「かなり深く手首を切っていて・・・あと少し発見が遅れたら出血多量で命が危なかったって・・・」
「・・・姉さんが、見つけてくれたの・・・?」
「そんなことはどうでもいいの!平八がこんなことをするまで・・・私・・・私は・・・!何も・・・!」
「・・・・・・っ」
ああ。
もう駄目だ、もう会えないと思ってたのに。
「う・・・うあぁ・・・」
どうしよう。涙が止まらない。
「ごめん・・・なさい・・・!ごめんなさい・・・!」
「いいのよ、悪いのは私なの!私があの時突き放したばっかりに・・・!」
病室には、禰々と、おばあさまと・・・父さんもいた。
「兄ちゃん・・・ごめんね、あたし今まで何もできなくて」
「禰々・・・」
「あたしもね、誕生日プレゼント買ってきたんだよ。ずっと兄ちゃんとギクシャクしてるの、すごく嫌で。どうにかして元に戻りたいってずっと思ってて。きっかけが掴めればと思って姉ちゃんと一緒に買いに行ったの」
「・・・ありがとう・・・」
禰々が手渡したそれは、オレンジの包装紙に包まれたプレゼントだった。
ああ。僕はここまで心配かけてたんだ・・・
「久しぶりですね。平八が優しい顔をするのは」
「おばあさま・・・」
家族はこんなに温かかった。
どうして今まで、自分で心を開こうとしなかったのだろう。
自分の勘違いと我侭で、勝手に孤立してただけじゃないか。
・・・でも。
「・・・平八郎」
父さんは、険しい顔をしていた。
・・・ああ。ごめんなさい。
一人息子が散々家名を汚してしまって。
普通だったら勘当ものだろう。
「・・・心配かけおって。この馬鹿息子が」
「・・・え?」
「え?ではない!お前が心配だったと言っているんだ!」
拍子抜けした。
この人から、心配なんて言葉を聞けるとは思っていなかった。
「心配なんて・・・僕、散々身勝手な行動をして家名を傷つけてきたのに」
「・・・いや、悪いのは私だ」
「そんなこと・・・だって婚約のことだって仕方のないことだったのでしょう?父さんの判断ではなく、向こうの都合で」
「そのことなんだが・・・」
「大丈夫です。姫宮の男に生まれたからにはそういった結婚も覚悟の上です。受けますよ、婚約」
「わ、忘れてくれ。それは」
「・・・は?」
「あの後詳しく話を聞きに行ったらな・・・鏡内家は『婿』が欲しい、とのことだった」
「で?」
「姫宮の長男を婿に行かせるわけにはいかんのでな」
「・・・じゃあ、断ったんですか!?」
「う、うむ。すまなかった、もう少し早く話していれば・・・」
「な、なんだ・・・杞憂だったんですか・・・」
一気に力が抜けた。
そんな意味のないことで、僕は悩んでいたのか・・・
「娘をお前としか結婚させたくない、というのも奥方の我侭のようなものだったそうだ」
「・・・ああもう・・・あの時もう少し冷静になってればこんなことにはならなかったのか・・・!」
「・・・すまない。本当にすまなかった」
・・・ああ。でも安心した。
これからは何も気にせずに家にいられるんだ。
「私だって姫宮の家なんかよりも、家族が大事なんだ。そこは分かってくれ、平八郎」
「・・・そう、なんですか?」
「もう何の力もない家だ。本家ではあるが・・・もうそこまで堅苦しく考えなくても良かろう」
「・・・はあ」
「というわけで、お前たちは一般家庭の子供並に自由に振舞えば良い。代わりに私も自由に振舞うがな」
「どういうことですか?」
「まあ、それはお楽しみということだ」
・・・ああ。
こんな明るい父さんも初めて見たな・・・。
しかし・・・自由に振舞うって、どういうことだろう・・・?
-終-
あの後、色んな人がお見舞いに来てくれた。
胡桃さん、鉄兄さん、烈火兄さん、千沙ちゃん・・・
烈火兄さんは、学校の事件のことで色々調べ回ってくれていたらしい。
話によると、僕に濡れ衣を被せたあいつは、ロッカーを荒らしていたところを先輩に偶然目撃されていたそうだ。
僕が濡れ衣を着せられ不登校になったことを最近知って、先生に告げ、結果、厳重注意。
臨時集会まで開かれたそうだ。
高校だったら停学ものだっただろうな・・・
もう少し早くその人が先生に告げていたら・・・と一瞬思ったけど、否定せずにすぐ認めてしまった僕も悪い。
結果的に周囲の誤解は解けたんだから、もういいや。
なんかもう・・・兄さんにもう足向けて寝れないな。
退院が決まった後、同じ病院で入院しているかざみさんの部屋に行った。
・・・そして、出会い頭早々にビンタされた。
「なんで手首なんて切ったりしたんですか!、また友達が死んでしまったらと思って不安だったんですよ!」
・・・なんか、すごく申し訳なくなった。
同時に、かざみさんにとって僕がただの穴埋めの存在ではなかったということに気付いて、とても安心した。
一緒に居た千沙ちゃんに横から「ばーかばーか」と言われたので、とりあえずつむじをぐりぐりしておいた。
明日から、また元通りの日常が始まる。
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やっとおわったぞーーーー!!!!!!
以上、平八中学2年生編でした。
千沙の長編も書きたいなあ!
でもしばらく長ったらしいのはおなかいっぱいだぜ!(私が)
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