昔からの「友達」は、いるにはいたけど。
みんな、姉さんの友達だった。
僕は、姉さんの「ついで」でしかなかった。
女きょうだいに囲まれて育ったせいか、同性に苦手意識があった。
クラスメイトの男子の輪に、どうしても入ることができなかった。
ある日、女子から遊びに誘われて。
それから、クラスの女子とは遊ぶようになったけど、尚の事クラスの男子からは浮くようになっていた。
その女子グループすら、「一緒に遊んで噂されると恥ずかしい」だなんて理由で僕から離れていった。
涼太は・・・
「伊藤 涼太」は、僕にとって初めて、姉さんの「ついで」じゃない、男友達だったんだ。
「入学してから1ヶ月経つのに、お前いっつも一人だよなー。友達いないのか。ぼっちか」
「・・・伊藤君みたいに社交的じゃないからね」
「何だ、オレの事知ってんのか」
「人間観察が趣味で。顔と名前を覚えるのは得意なんだ」
「根暗野郎」
「何とでも言えばいいよ」
「で、根暗野郎。お前の名前は何て言うんだ?」
「・・・姫宮平八郎」
「なにそれ名前めっちゃ渋い」
「名前負けしてるとはよく言われるよ」
「よーし、ぼっちの平八郎君のためにオレが友達になってやろうか」
「べ、別にいいよそんなの・・・あと上から目線でなんか腹立つ・・・」
「結構言うねお前。ま、とりあえず学食行って話そうや」
「・・・僕、弁当なんだけど・・・」-----------------------------------
最初は気まぐれで話しかけただけだった。
でも、話してみれば意外と面白いヤツだな、って思って。
オレと平八は、いつしか親友になっていた。
「これ、この前の遠足の写真。で、こいつが前言った俺のダチ」
「へえ・・・涼太の割には頭よさそうな友達じゃねーか」
「見た目はインテリっぽいが、こいつ中々の小学生だぞ。下校中に虫取りしてるし」
「意外とわんぱく小僧なんだな」
「虫ならまだいいけど、トカゲ掴んでこっちに見せてくるの、いい加減やめてほしい・・・」
幼馴染の兄ちゃん、「溝端 叶」。
身体が弱くて今は入院中。
オレはこうして時々見舞いに来ていた。
「最近、苗や萌とは遊んでないのか?」
「全然。苗は部活忙しいし、萌は最近V系にハマって話合わなくなったし」
「そっか・・・」
「中学になったら、もう小学生の頃みたいに男女混ざって遊んだりしなくなるんだよ」
「でも、俺のところには来てくれるんだな」
「叶兄は男だからな。気楽だし」
「涼太は彼女とか作らねえの?」
「作らない。別に興味もない。エロ本で充分」
「俺は最近ちょーっと気になる子がいてな。かざみって言うんだけど、生真面目で説教臭いがなかなか可愛い」
「そのかざみって女の事なんてオレは知らないし、恋愛沙汰には心底興味ない。よし、この話は終わりだ」
「冷たいなあ・・・涼太もついに反抗期か」
「知るか」-----------------------------------
涼太と一緒に過ごした中学生活は、それは楽しいものだった。
河原で拾ってきたエロ本とか見せてくるのは勘弁してほしいけど・・・
それでも、小学生の頃に感じていた孤独感は、完全に僕の中から消えていた。
・・・それなのに。
2年の、夏が始まる頃。
全部、壊れてしまった。
ある日のこと。
クラス内で、ロッカーが無差別に荒らされる事件が起こった。
金持ちとか、比較的裕福な家の生徒のロッカーが狙われて荒らされているようだった。
幸い、僕のロッカーは荒らされていなかったけど・・・
教室は、その話題で持ちきりだった。
そして・・・
クラスメイトの話を、僕は偶然聞いてしまった。
「・・・なあ、知ってるか?」
「姫宮がやってるのを見たって話があるらしいよ・・・」
「まじで?あいつ大人しそうな顔してるクセに・・・」
・・・この事件の犯人は、僕だという噂が広まっているらしい。
勿論、僕にそんな心当たりはない。
でも、そう弁解したところで誰も信じてはくれないだろう。
僕の友達は・・・このクラスだと、涼太だけだから。
・・・そうだ、涼太なら。
涼太なら僕が犯人じゃないって、信じてくれるだろう。
「ね、ねえ涼太」
「・・・・・・何」
「涼太は・・・誰が何と言おうと、僕が犯人じゃないって信じてくれるよね?」
「・・・・・・」
涼太は、目を逸らしたままどこかへ行ってしまった。
・・・信じて、くれなかった。
根も葉もない噂で、無二の親友すら離れてしまった・・・
誰だ?
一体誰がこんな噂を立てたんだ?
助けて。
誰か・・・助けてよ・・・-----------------------------------
「叶が・・・死んじゃったよぉ・・・」
苗から電話があった。
久々に話した内容が、それだった。
最初は、何も考えられなかった。
もう治る見込みはないと。
何度も聞かされていたけど、何故だか実感が湧かなくて。
葬式へ行って。
泣き崩れる苗を見て。
もう動かない叶兄を見て。
これが現実だと思い知らされた。
そんな中、萌だけは泣いていなかった。
むしろ、薄ら笑っているかのようで、気味が悪かった。
「・・・叶兄が死んで、悲しくないのかよ?」
「・・・そうだよな。悲しい筈なんだよな。なのに、なんで泣けないんだろうな?」
その声からは、強がりも震えも感じられなくて。
本当に「悲しい」とは思っていないんだと分かって。
こいつからは感情も何もかも無くなってしまったんじゃないか、と思って。
怖くなった。
昔から築き上げられたものが、崩れていく。
叶兄は死んで。
苗はそのショックで学校にすら行かなくなって。
萌は、笑うだけの人形みたいになって。
・・・それをあざ笑うかのように。
よりによって、叶兄の死と同時期に。
オレの両親が、離婚することになった。
父親は、姉ちゃんを連れて出て行った。
オレは母親と一緒に残ることになった。
・・・それから。
母親はろくに働かず、家を空けて遊び歩くようになった。
机の上に小遣いだけが置かれて。
オレはそれで毎日コンビニ飯を買って。
・・・いつしか、その金すらも置かれなくなって。
冷蔵庫にも何もない。
オレは中学生だ。働くことすらできない。
仲のいい祖父母は、父方だから今更頼ることなんてできない・・・
だから。
オレは影で、金持ちから金を巻き上げるようになった。
小遣いよりは多い金で、前よりはいい飯を買って。
母親の煙草をくすねて吸ってみたりして。
そして、思い出した。
・・・平八って、確かいいとこの坊ちゃんだったよな・・・?
あの弱気な奴なら、ちょっと揺さぶれば簡単に金出してくれるんじゃないか・・・?
今を生きるためだったら、親友なんていくらでも利用してやる。
ふと、甘ったれたあいつの顔を思い出して、無性に腹が立ってきた。
あいつは恵まれてる。オレと違って。
何もしなくても、家に帰れば家族と温かい飯が待っている。
どうしてこんな不公平なんだよ?
オレが何か悪い事でもしたのか?
あいつにあってオレにないものって何なんだよ?
・・・そう思った瞬間、決めた。
どうせなら徹底的に追い詰めて、全部搾り取ってやろう。
人の不幸は蜜の味、ってよく言ったものだよな。
あいつの泣き面を想像しただけで、なんだか楽しくなってきた。
そして、次の日。
誰にも見られない時間。
放課後早く帰るフリをして、後から無人の教室に忍び込んでロッカーを荒らした。
なるべく、気に入らない金持ちを狙った。
平八のロッカーには、あえて手を付けなかった。
荒らしたら、あいつを犯人に仕立て上げることができなくなるから。
平八の帰った時間なんて、誰も知らなかった。
誰もあいつの行動に興味を示さない。
オレ以外に友達がいないから、当然だ。
だから、濡れ衣を着せるには好都合だった。
「なあ、知ってるか?オレもダチから聞いたんだけどよ・・・」
「あのロッカーを荒らしたのって、『姫宮』らしいぜ?」-----------------------------------
僕は、結局孤立した。
・・・涼太以外に、友達がいないわけじゃない。
でも、それは結局姉さんの『ついで』で。
烈火兄さんも、鉄兄さんも、胡桃さんも、千沙ちゃんも、かざみさんも。
きっと・・・姉さんがいなかったら、仲良くなんてならなかっただろう。
涼太は特別だったんだ。
僕が、初めて自分の意思で作った友達だったんだ。
眠れないまま朝を迎えて、いつもより早く学校へ行った。
いつもは誰かが先に来ているけど、今日は僕が一番乗りだった。
・・・教室へ入ると、またロッカーが荒らされている事に気付いた。
しかも、それは涼太のロッカーだ。
「涼太のロッカー・・・?」
金持ちばかりをターゲットにしているのかと思っていたけど、犯人は無差別に荒らしているだけなのか?
・・・そんなことはどうでもいい。
あの涼太も、自分のロッカーが荒らされてるのを見たら流石に落ち込むだろう。
涼太が来る前に片付けよう。
そう、思ったら。
「・・・何してんだよ」
冷たい声が、頭上から響いた。
見上げると、涼太が僕を見下ろしていた。
「涼太、あの、これは」
「やっぱり、お前が犯人だったんだな」
「違う・・・!これは、片付けようと・・・」
「ちょっとこっち来いよ」
連れて来られた先は、今は使われていない古びた体育倉庫。
押し倒され、片手で両手首を押さえつけられ、僕は身動きが取れなくなっていた。
力では、どうあがいても涼太には勝てない。
「お前とは親友だと思ってたんだけどな・・・失望したよ」
「だから、僕はやってない・・・!」
「あんなところ見られて、今更言い訳できると思ってんのかよ?」
「・・・・・・っ!!!」
・・・確かに、迂闊だった。
犯人疑惑をかけられている今、無闇にロッカーに近寄るべきじゃなかった。
「・・・なあ平八、取引しないか?」
「・・・取引、って?」
「オレの条件を飲んでくれれば、お前が犯人だってことは黙っておいてやるよ」
「条件って・・・何・・・」
「金だよ。とりあえずお前の持ってるだけの金をくれよ」
・・・なんだかおかしい。
親友にロッカーを荒らされた割には、妙に冷静だ。
「・・・今は500円しかないけど。いいの?それだけで」
「500円?金持ちの家の息子がなんでそんなはした金しか持ち合わせてないんだよ」
「よく勘違いされるけど、僕の家は大きくて古いだけで別に金持ちってわけじゃないからね。お小遣いだって月2000だし・・・」
僕のその言葉を聞いて、涼太の目が明らかに変わった。
「2000もあればコンビニで飯くらいは買えるだろうが!オレから見たら充分に金持ちだっての!!」
・・・そうか。
涼太は、お金が欲しいんだね。
ずっと違和感があったけど、ようやく分かったよ・・・
「・・・涼太だね?ロッカー荒らしの犯人」
「・・・何だって?」
「最初からこうやって僕からお金を巻き上げるのが目的だったんだ?」
「何を根拠に・・・」
「僕がロッカーを荒らしたっていう根拠もない。残念だけど、君にお金は渡せない」
「・・・・・・」
「それにしても、やり方がまわりくどいけど。何でわざわざこんなことしたんだ」
「・・・気に入らねえんだよ、お前のその甘ったれた顔がよお・・・」
チチチ、と、無機質な音がした。
何の音だろう、と思った次の瞬間。
「・・・っ!!!」
頬に、カッターの刃が宛がわれた。
「おっと動くなよ。動いたら顔に傷がつくからな」
「う、あ、あ」
恐怖で、情けない声しか出なかった。
怖い。怖い。怖い。
ちょっとでも動けば頬を切られる。血が出る。怖い。
「ま、お前に怪我させたら大事だからなあ?暴れない限りはどこも切らないから安心しろよ」
「あ・・・あ・・・」
「そうだなあ・・・制服切り裂いて素っ裸撮ってばら撒くってのもいいなあ?」
「や、やめてよ・・・!」
「嫌なら金渡せよ。何なら今から帰って親の財布から金抜き取ればいい」
「そ、それは、できない・・・」
「・・・・・・」
結局、頬も、制服も、どこも切られなかった。
興が醒めたと言わんばかりに、涼太は立ち上がり、背を向けた。
そして、振り向きざまにこう言った。
「さっき、こっそり撮ったんだよ」
「・・・え?」
「お前がロッカーの前にいるとこ」
・・・その言葉が意味する事は・・・分かりきっている。
もう、逃げ場はないのだと。
お前はロッカー荒らしの犯人として、クラスの皆からより一層冷たい目で見られるのだと。-----------------------------------
平八は、結局教室には戻ってこなかった。
写真を見せたら、誰一人平八が犯人だと疑わなくなった。
担任までも、「あの姫宮がこんなことをするなんて・・・」とか寝惚けたことを言っていた。
もう平八の家には連絡が行っているらしい。
可哀想に。学校どころか家での居場所もなくなるかもしれないな。
・・・いや、あの甘ったれの事だから親に『嵌められた』って泣きつくかもしれないな。
ここまでしても結局、平八から金を巻き上げることはできなかった。
とんだ時間の無駄遣いだ。
・・・なんだか、気分が悪い。
どうして、オレは平八にここまでの事をしたんだ?
カツアゲしたいのなら、まだいくらでも手っ取り早い方法があったはずだ。
オレは、どうしてこんなことを・・・
放課後、通学路で。
塞ぎ込んで不登校になっていた筈の苗を、偶然見かけた。
なんだ、あいつ少しは元気になったのか・・・
「おい、苗。久しぶりだな」
「・・・・・・」
「・・・苗?」
・・・一瞬、確かに振り返ったけど。
すぐに目を逸らされた。
・・・何だ?まだ本調子じゃないのか?
何か引っかかるけど、まあいい。
平八が独りになっても、オレは独りにはならない。
友達は多い方だ。
あいつらとバカやって遊んでれば、平八の事なんて簡単に忘れるだろう。
・・・そういえばこの前、学費滞納してるって言われたな・・・
母さん、いつまで払わない気なんだろうか・・・
オレも、この学校にはいられなくなるのかな。PR